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22巻のネタバレ有りレビュー

22巻のネタバレ有りレビュー

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孔明は大軍の曹操軍を打ち負かす自信はありますが、気がかりなのは劉備軍内での不和です。つまり、劉備に孔明が気に入られて張飛などが嫉妬していること、軍功のない孔明の命令を将が聞いてくれないのではという懸念です。

そこで、孔明は劉備の印と剣を借ります。さあ、いよいよ孔明の智謀の見せ所です。


博望坡

曹操軍の総大将は夏侯惇(かこうとん)です。呂布軍に片目を射られてしまったあの武将です。

彼らの大軍の前に現れたのは趙雲。だが兵が少ないです。趙雲と夏侯惇は切り結びますが、趙雲は早くも背中を見せて逃げます。

部下は夏侯惇に、敵の逃げっぷりがよすぎるので警戒するように進言しますが、敵の兵力が少ないのだから伏兵があっても怖れることはないと言われます。

勢いに乗る夏候惇の前に現れたのは劉備軍。趙雲軍と合わさって戦いますが、所詮曹操軍の敵ではありません。

輜重(しちょう。輸送隊)率いる于禁をおいて先に行ってしまった夏侯惇。そこに慎重居士の李典が現れ、于禁にこの先の地形は火計に向いているところだから大丈夫かと言います。

于禁も心配して、夏侯惇に火計のおそれを告げます。そういえば、と夏侯惇が気づいたときには、暗闇の林の中に不気味な火が上がります。

火薬を使っているようで火の勢いが非常に速いです。夏侯惇たちは必死で逃げますが、関平たちが高所から火の付いた草の玉のようなものを落としたり、関羽が襲撃して敵の兵糧などを焼き討ちします。

さらに燕人(えんじん、えんびと)張飛が斬り込んできたため、夏侯惇軍は大敗を喫します。

つまり、劉備軍が兵が少ないということで(実際に少なかったですが)敵をあなどらせ、さらに趙雲などが敗走することで敵をおびきよせたわけです。

そして、火計を行ったあと、張飛たちが殲滅したわけです。孔明の見事な作戦でした。

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荊州

戦いには勝利しましたが、曹操が自ら大軍で攻めてくれば新野では持ちこたえられません。

しかし荊州を取るように勧める孔明に対し、劉備は断ります。なにも戦って取るわけでもありませんし、道義的にもそんなに問題ないとも思うのですが。

孫子にも、清廉潔白であれば敵に挑発され、民を愛しすぎれば心が参ってしまうというものがあります。劉備は立派な人物ですが、戦国の世では生きにくい人物です。

劉表は劉琦を跡取りにすると遺言にしたためましたが、劉表が死ぬと、蔡瑁が偽造の遺言を作って劉琮を跡取りとしてしまいます。孔明もこうなるだろうと思ったからこそ、劉備に後を継ぐように言ったのでしょう。

135ページ、蔡瑁のひどい一言「この見苦しい死体を片づけよ」。私から言わせればあんたの生き様のほうが見苦しいです。


蔡瑁たちの降伏

伊籍や孔明は荊州を取るように説得しますが、劉備は決してうなずきませんでした。遠回りするにもほどがあります。

私は劉備という人物が嫌いではありませんが、この荊州を取らなかったという判断は大失敗だと思っています。

第一に、豊かな荊州を戦わずして奪った曹操はいよいよ強大になります。敵を利する以外の何物でもありません。つまり、劉備は自ら漢王室の復興を妨げたのです。

第二に、劉琦は体が弱く、劉琮は幼いです。彼らが国を治めることは困難です。そして蔡瑁のような君側の佞臣が降伏を勝手に決めてしまいました。

しかし、荊州を降伏させることが劉表の願いだったのでしょうか? 劉備の煮え切らなさが後継者争いを生み、劉表の遺志をないがしろにしたとも言えます。

劉備が仮に跡を継いだ上で、情勢が落ち着いたら位を返すというようなやり方もあったのではないでしょうか。それなら荊州の武力で曹操軍を追い払うこともできたでしょう。

私はこの箇所を読む度に、劉備の判断ミスに憤っているのです。まあ、それでこそ物語が面白くなっているのですが…。

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さらなる孔明の計略

孔明は新野の民百姓を逃がす算段をした上で、各将に命令を出します。

一方、許褚は劉備たちの酒を飲む姿を見て怒りのあまり攻めますが、そこには落石という敵の計がありました。

そして敵に囲まれてドラの音などに混乱する許褚ですが、曹仁は落ち着き払っています。

風の吹く夜、曹仁たちは新野城に入りますが、ここは無人になっていました。追撃よりも休息を選んだ曹仁は、城内で兵に食事を取らせます。

孔明の計は、旗を振ったり酒を飲んだり音で脅かしたりと、敵を緊張させたり怒らせたりさせた上で、結局はこけおどしだったと油断させるところに狙いがあったとおもいます。

また、動揺させることで心を疲れさせ、城で休ませるという判断をさせたのだと思います。

ところがここには趙雲がすでに火計の備えをしていました。4つのうち3つの城門に火薬などをしかけ、それを燃やしたのです。

すっかりくつろいでいた曹仁軍は、あわてて火のない東門から脱出。この時点で兵も減り、士気も下がっていたはずです。

そして城外に出たところには趙雲の弓隊が。さらに曹仁たちは河を越えて逃げようとしますが、そこには関羽の水攻めが待っていました。

関羽は上流の河をせき止めておき、一気に放水しました。大量の水が川を渡ろうとしていた大軍を押し流してしまったのです。

まさに孔明おそるべし。

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