三国志ラボ » コミック1-30巻のネタバレ有り感想 »

23巻のネタバレ有りレビュー

23巻のネタバレ有りレビュー

スポンサード リンク

Pocket

徐庶を使いにやったのもよい考えです。徐庶が劉備のもとに戻れば、彼が笑い者になるという考えです。

樊城にこもった劉備たちですが、ここでは持ちこたえられないので襄陽に向かいます。

しかし、ここでは蔡瑁たちが自国の民衆にまで矢を放ちます。私はこの蔡瑁が本当に嫌いです。

やむなく劉備たちは江陵城に向かいます。しかし大勢の民衆を連れているので行軍が非常に遅れます。関羽も自分たちだけまずは城に入るべきと進言しますが、劉備は聞きません。

しかし、関羽の言うように劉備軍が城に入れなければ、圧倒的に不利になります。野戦では大軍の曹操軍を防げないでしょう。

やむなく孔明は、関羽を江夏の劉琦のもとに行かせます。援軍を求めたのです。


劉琮の最期

荊州にはたくさんの兵士がいます。騎兵8万、歩兵20万、水軍10万。これでは曹操もおいそれとは手を出せなかったはずです。逆に劉備が荊州をとっていれば…。

小人物である蔡瑁を水軍都督にするあたり、曹操のしたたかさが伺えます。

一方、青州に向かった劉琮と母の蔡氏は、于禁たちに暗殺されてしまいます。確かに劉琮を生かしておけば、後に曹操に刃向かうかもしれません。

それにしてもかわいそうな最期でした。蔡氏はざまあみろという感もありますが。ちなみに史実では劉琮を殺したということはないようです。

スポンサード リンク


長坂坡の戦い

趙雲は、劉備の妻と子の阿斗を見失ったため、敵陣の中を必死で探していたのでした。その最中、身分の高そうな敵将を見つけ、たやすく倒します。

実はこの武将は夏侯惇の弟、夏侯恩でした。彼が持っていた名剣、「青紅・倚天(いてん)の剣」の片割れである青紅の剣を手に入れます。

やっと敵中を駆けまわって劉備の奥方たちを見つけますが、奥方は足にケガをしています。趙雲は母子を連れていこうとしますが、奥方は自分は足手まといになる、阿斗を救ってほしいと願い、自分は井戸に身を投げるのです。

趙雲が命をかけ、母も命を捨てて守った阿斗(劉禅)ですが、彼は酒色にうつつを抜かし、魏に簡単に降服してしまうという本当に暗愚な男でした。私はこの男が本当に許せません。

趙雲は阿斗を抱きながら敵陣を突破します。その活躍に目を見張る曹操の名言「すばらしい男だ。まさに一世の虎将といえる」。士を愛する彼らしい言葉です。

曹操が趙雲を生きて捕らえるように命じたため、兵士たちは弓矢を使えません。その中で血路を切り拓く趙雲。

彼がやっと敵陣を突破した先には、張飛がいました。彼は橋の上で敵陣を食い止めるべく待っていたのです。

やっと自陣にたどり着いた趙雲は、劉備に阿斗を渡します。しかし劉備は、「おまえのような臣はまたとこの世で得られるものではない。それをあやうく戦死させるところであった。

子供はまた産めば得られるが、良き将はまたと得られぬ」と言い、趙雲は感動したのです。

我が子が戻って嬉しいと思うのは当然ですが、それよりも趙雲の身を案じるあたりは、やはりさすが劉備と思います。

それにしても趙雲の超人的な強さには恐れ入ります。

スポンサード リンク


張飛の武勇

張飛の部下が馬の尻尾に樹の枝を結んで兵がたくさんいるとみせかけています。これを見た曹操は、これも孔明の作戦だと踏んで、全軍に撤退を命じます。

結果としては曹操の判断ミスですが、これくらい慎重でないと、戦いを生き抜けないと思います。

曹操軍を待ち受けていたのは関羽でした。劉琦からの1万の援軍を連れてきたのです。これを見た曹操は、またも孔明の策略を恐れて撤退します。よほど孔明に懲りています。

関羽たちの船に乗った劉備軍ですが、その前に水軍が現れます。しかしこれは、江夏から劉琦が駆けつけてくれたのでした。

さらに孔明率いる水軍も現れます。孔明は、敗走する劉備たちの進路を予測した上で関羽にそこに向かわせ、自分は夏口の兵を連れてきたのです。

劉琦に感謝したくなります。彼も孔明の助言によって継母からの危機を逃れたこともあり、劉備に強く恩義を感じていたのでしょう。


曹操の戦略

曹操は、荊州の兵力も加えて85万、号して百万の兵力を誇っていました。こうなれば、その兵力を脅しに使えます。曹操は呉に劉備を攻撃するように求めます。

その一方で兵を展開し、大量のかがり火を照らして呉を威圧します。

呉が曹操につくかどうかを確かめ、また呉が劉備を攻めれば曹操軍は無傷だというよい計略です。

孫権から相談された魯粛(ろしゅく)は、とりあえず劉備の元を訪れることで情報を仕入れてこようと考えます。

しかしこれは、すべて孔明の読み通りでした。呉は兵力で曹操に劣り、実戦経験も少ない。そこで、呉は曹操軍の情報を集める一方で、その間劉備に背後をつかせておく、と読んだのです。

そしてそのとおりに魯粛は江夏の劉備を訪れます。孔明は劉備たちが曹操に降伏すれば、曹操はなおいっそうの兵力を呉に向けるだろうと警告します。

そして、孔明は孫権と曹操を争わせるために、自ら呉に赴くことにしたのです。

孔明の天下三分の計は、魏と呉を争わせている間に、劉備軍が蜀という領土を得て国力をつけるという戦略です。

ですから劉備は荊州をまず得るべきでした。しかし劉備はそれを断ったために、いよいよ蜀を得るまでは呉に魏をつかせないといけなくなったのです。

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)