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25巻のネタバレ有りレビュー

25巻のネタバレ有りレビュー

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蔡瑁が曹操を裏切ろうとしていると知った蒋幹は、急いで船に乗り、曹操の元に帰ります。

そして、蔡瑁の手紙を曹操に見せます。これを見た曹操は、激怒して蔡瑁を呼びつけます。偽手紙だと蔡瑁は抗弁しますが、曹操は聞き入れず、彼を打ち首にします。

さんざん策略を弄してきた蔡瑁ですからいい気味なのですが、彼がもっと忠実な人物であったら曹操も思い直したかもしれません。


無理難題

周瑜は、孔明に10日以内に矢を10万本作ってくれ、というむちゃくちゃな以来をします。しかし、孔明は平然と、それなら3日以内に作りましょうと回答する。

呆気にとられる周瑜と魯粛。孔明は、魯粛に船と少しの兵士、そして藁人形などを用意してくれるように頼みます。

そして約束の期限の日。孔明は濃霧の中、この船団で曹操陣営へと近づきます。曹操軍は敵襲だと大量の矢を打ち込んできます。

そう、攻撃と見せかけて曹操軍の矢をちょうだいするという驚くべき作戦だったのです。

濃霧が発生するのも、孔明は気象に詳しいので予想できたのでした。さすがに周瑜もまいり、孔明に素直に教えをこいます。

彼は孫権から、曹操を倒すことを催促されたのです。彼と孔明は、互いに胸中にある策を手のひらに書いて見せ合います。それは、両者とも火計でした。

34ページ1コマ目の孔明の顔もちょっと面白いですが、4コマ目の周瑜の顔もかなりの迫力です。

45ページ、自分を手土産に孔明は劉備の元へ帰るのでは、と心配する魯粛がかわいいです。

47ページ3コマ目の曹操の名言「わしは今まで多くのほろんでいった先輩をみている。ちょっとした油断が命取りとなっている。敵の何十倍の兵力を持とうと油断はならぬ」。さすが幾多の戦いを生き抜いてきた男の言葉です。

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埋伏の毒

呉の陣営に降ってきた蔡和たち。周瑜は気持ちはわかると彼らを受け入れます。これを心配した魯粛ですが、相談を受けた孔明はすべてお見通しでした。

がっかりしてしまう魯粛がなにかかわいそうです。

黄蓋は、偽りの投降をすることになりました。そこで、まずは曹操を信じさせるために、周瑜たちが一芝居打ちます。

黄蓋が周瑜に逆らい、怒った周瑜が黄蓋を百叩きの刑に処します。これを恨みに思った黄蓋が、曹操に下るわけです。

黄蓋を見舞いに来たカン沢に、黄蓋は本当のことを打ち明けます。カン沢は、それを聞いて協力を申し出ます。

カン沢の名言「世に出て君に仕えながら一つの手柄も立てずに朽ちるくらいなら生きてても生きがいがございませぬ。まして老将軍さえ一命を投げ出しているのに拙者ごときがなにを惜しみましょう」。孫権は素晴らしい部下を持ちました。

カン沢は漁師に化け、曹操の陣に向かいます。捕らえられた彼は、曹操に黄蓋が降服したいという手紙を渡します。

しかし、降伏の日時が書いてないとして、曹操はこれは偽計だと判断し、カン沢を殺すように命じます。

ここでカン沢は降伏の日時を書かないのは、もし書いてそれが事情により実行できなくなったら、黄蓋が呉にも帰れず魏にも降れないということになるからだと反論します。

また、そこに間者として潜り込んでいる蔡和たちの手紙がこっそり届けられます。そこには、黄蓋の件は本当だと書いてありました。

曹操はついに、黄蓋の降伏を受け入れます。

カン沢は曹操軍に残るといいますが、黄蓋に不審がられぬようにということもあり、呉に戻ります。

そして、さらにカン沢は甘寧とも打ち合わせをして、二人が周瑜に不満をいだいていると蔡和たちに思わせます。

そして、密談をしているふりをして、それを盗聴する蔡和と蔡仲を見つけ、周瑜に背く計画は駄目になったと嘆きます。

こうした芝居をすることで、蔡和と蔡仲に、カン沢がやはり呉を裏切る意志があることと、甘寧もそうであるということを印象づけたのです。

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龐統

龐統は荊州の襄陽に住んでいましたが、曹操に滅ぼされました。そのため、龐統は曹操に恨みがあります。

龐統は、周瑜に連環の計を勧めます。すなわち、曹操軍の船を鎖でつなぎ、そこを火攻めにするというものです。

蒋幹が訪れたという知らせを聞き、周瑜は彼と面会します。周瑜は手紙を持ち去ったことなどをなじり、蒋幹を山小屋に閉じ込めてしまいます。

しかし、見張りの兵が眠ってしまったのを見て、蒋幹は逃げ出します。道がわからず困る彼ですが、人家を見つけます。

そこにいたのは龐統。これも周瑜たちの計略です。そうとは知らない蒋幹は、家の主が龐統だと聞いて驚きます。

龐統は自分の力を試したいと語り、蒋幹と共に曹操に会おうとします。さすがに龐統まで自分を騙そうとしているとは、蒋幹には見抜けなかったわけです。


徐庶

龐統は、曹操に連環の計を進言します。船団をひとまとまりにしないと、呉の火計が効果をあげないからです。

周瑜が曹操軍の病気を知るといけないといって決断を促し、自分の家族には危害を加えないように頼むところは巧みな心理作戦です。

こうして曹操は連環の計を実行します。一方、龐統は後ろから組み付いてきた人物に、自分の計がすべて見破られていることを知って愕然とします。

しかし、この男は徐庶でした。徐庶と龐統は知り合いですが、徐庶は曹操軍に火計が使われれば自分が死んでしまいます。龐統は曹操軍が勝てば呉の民が蹂躙されることを心配しています。

そこで、龐統はよい案を徐庶に教えます。その後、曹操軍に西涼軍が都を狙っているという噂が流れますが、もちろん徐庶が流言飛語(りゅうげんひご)を使ったのです。

そして、心配する曹操に自分が都の守りにつく、といって徐庶は都に帰ったわけです。これは見事な策でした。

それにしても、徐庶はあれだけの才能を用いながら、曹操に騙されたために才能をあえて発揮しませんでした。策を献じると、曹操を助けることになってしまうからです。

ぜひ彼には、劉備のもとで才能をいかんなく発揮してもらいたかったです。


決戦始まる

西暦200年の官渡の戦いは袁紹との天下分け目の戦いでしたが、208年の赤壁の戦いもまた、魏対呉・劉備という大きな戦いでした。

部下が曹操に、風が強いので船をつないでいると、火計にやられるのではと進言しますが、曹操はこの季節には北西の風しか吹かないから心配ないと答えます。

さきがけを申し出た二人ですが、さすがに呉の水軍の敵ではありませんでした。韓当たちに殺されてしまいます。

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