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26巻のネタバレ有りレビュー

26巻のネタバレ有りレビュー

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周瑜は病気になって寝込んでしまいます。しかし、孔明は火計の準備ができたが、東南の風の吹かないことこそ彼の病気の原因だと見抜いていました。

孔明は、東南の風を吹かせるための儀式をすると申し出ます。

赤壁は、長江の一部で、岩肌が赤いことからこう名付けられています。私もぜひ見に行きたいです。

そして、河を挟んで、北西側に曹操軍が、南東側に呉軍が陣取っています。そのため、南東の風が吹かないと、呉は火計を使えないというわけです。


風向きが変わる

孔明の祈りが通じたのか、風向きが東南に変わりました。驚く周瑜は、「孔明とは人か魔か」と心中でつぶやきます。

ちなみに、三国志演義では、孔明の儀式によって風向きが変わったことになっていますが、さすがに現代の科学からすると、これはありえないでしょう。

そこで、吉川英治先生が、孔明は幼い頃からの気象観測で、貿易風が東南から吹くことを知っていた。それを利用したという解釈をしたのです。私もこの解釈がすんなり来ます。

この解釈では、孔明があえて儀式を行ったのは、第一に自軍には風向きを変える超自然的な力が付いていると思わせて、将兵の士気を鼓舞する。第二に孔明が恐ろしい人物だと思わせることで、呉や魏を怯えさせる。

このような狙いがあったのではないかと思います。特に人々が迷信深く、また劉備軍は魏と呉に比べて圧倒的に兵力が少ないですから、二番目の狙いは効果があったのではないでしょうか。

さて、周瑜は丁奉(ていほう)と徐盛(じょせい)に命じて孔明を殺させようとしますが、孔明はすでにいませんでした。以前に劉備に趙雲と船を待たせるように言っていたのが、このときのためだったのです。

丁奉たちは孔明の乗る船を追いかけますが、趙雲が船上から矢を放ち、敵船の綱を切ってしまいます。これはすごい腕ですね。強風で船も動いていますし。

そのときの趙雲の名言「しつこいやつらよのう」。

こうして孔明には逃げられましたが、周瑜はかねてより練っていた作戦を諸将に命じます。

甘寧は降参すると見せかけて対岸の烏林(うりん)に行き、曹操軍の兵糧を焼き払う命令を受けます。太史慈は敵の本陣に火を放ち、凌統(りょうとう)は烏林に火が上がったら攻めるという命令です。

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関羽

孔明は、それでも関羽が曹操を殺せないと予測していました。それでも、関羽が曹操を見逃してやることで、ずっと関羽の感じていた恩を返すことができます。

そうすれば、いよいよ関羽は自由に活躍できますから、それが彼のためだと孔明は考えたのです。孔明の考えの深さには脱帽です。

黄蓋の船が曹操の陣に突入します。柴や火薬などを満載しています。そしてここに黄蓋軍が火矢を放ちます。

さらに、この船には先端に釘のようなものがついており、曹操軍が自軍の船から離そうとしても離れません。火はあっというまに曹操軍の船や要塞などを焼き、風に煽られて陸軍にも及びました。

あまりのことに愕然としつつ、曹操は小舟に乗って逃げます。このとき黄蓋が曹操を射ようとしますが、逆に矢にあたってしまいます。その後も215年まで生きていますから、たいした傷ではなかったのでしょう。

まさに黄蓋は赤壁の戦いの功労者です。

この壮大な火計によって、曹操軍は30万以上の犠牲者を出してしまいました。

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逃げる曹操

逃げ延びた曹操の前に現れたのは、趙雲でした。またも曹操は敗走しますが、多くの兵を失い、おまけに雨に降られる悲惨さです。

思うに、孔明は曹操の逃げるルートの地理を熟知していたのでしょう。村で食料を調達し、道の分かれたところでは都に近い方を選ぶと。

雨に降られてずぶぬれですし、将兵も疲れはてています。これでは近道を選ぶはずです。

そして、そのとおり進んでようやく食事にありつこうとした曹操軍を、ここで待っていた張飛軍が襲います。

煙は孔明が華容道を選ばせようとした策だと考え、曹操はあえて煙の出ている山道を選びます。もちろんこれは孔明の狙い通りです。

そして、山越えや寒さの中で、どんどん兵士たちは倒れてしまいます。これも戦わずして兵を減らそうという孔明の策でしょう。戦場で矢にあたって死ぬなら死にがいもあるが、こんなところで死ぬなんて、という兵士の言葉が痛切です。


関羽の迷い

曹操は関羽に、許都で親しく交わり、別れの際にも着物などを贈り、関羽が関所を破って曹操の部下を殺しても許したことを語ります。

そして、もはや戦えぬほど疲れている兵士たちが、みな平伏して関羽に曹操の命乞いをするのでした。

そのときの曹操の名言「戦に敗れ命を落とすも覚悟の上。だが英雄の業といおうか生き延びられるものなら生き延びたい。そこで昔おまえにかけた恩にすがってみたい」。素直に心情を吐露しているところが胸に響きます。

そして関羽も、「あわれかな主従の情。わしにこの者たちは討てぬ」と言って、曹操たちを見逃したのでした。

曹操を殺さなければ、主君の劉備にとって今後も大きな敵となる。それは関羽もよくわかっていたはずですが、忠義の士である関羽にはそれができなかったのです。彼らしさを象徴する、名場面です。

こうして曹操は、ようやく曹仁の守る南郡にたどりつきました。曹仁は城を空にするわけにはいかず、ここで待っていたのです。これは正しいです。城を空にすれば、劉備軍や呉が狙ったでしょう。

さすがの曹操も、敗戦のせいか夜うなされます。しかし、元気を回復して、曹仁にこの城を守る方策を残して、わずかな兵と共に許都に帰ったのです。

夏口に帰った関羽ですが、孔明に曹操を討たなかったことを厳しく追求されます。それでもだまってうつむく関羽。

孔明は関羽を斬るように命じますが、劉備が罪を自分に預けるように頼み、孔明は承知します。

孔明は、関羽のような将であろうと、軍命違反は許さないという毅然とした態度をあえて示したのです。

孔明の名言「でもわが君が止めに入りました。わが君が止めなければ張飛が止めたでしょう。張飛も止めなければ他の者が…」

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