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33巻「蜀への隘路」のあらすじと感想

33巻「蜀への隘路」のあらすじと感想

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西蜀四十一州図

○あらすじ
張松が荊州の近くまで来ると、彼を待っていたのは趙雲だった。趙子龍は丁寧に張松をもてなす。

用意された宿に待っていたのは関雲長だった。

○感想
魏で馬鹿にされ、棒で叩かれたのとは雲泥の差です。それにしても関羽と趙雲にもてなされるとは夢のようです。


法正と孟達

蜀に帰った張松は、友である法正を訪ねる。そこに孟達も加わり、張松は蜀を劉備に治めてもらうという考えを明かす。

地図を見ると、許都から荊州ルートで蜀まで帰るには700-800キロはあると思います。馬に乗っているとはいえ、遠いですね。おまけに張松は体が痛いはずです。

法正や孟達も同じ意見となり、劉璋に張松は劉備と組むことを勧めます。

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進軍

諸将が強く諌めるが、劉璋は劉備を信じることにする。彼が出発する際、城門に逆さ吊りになって考えなおすようにお願いする人物がいた。

さすがに劉備の狙いを見透かしている人も多かったのですね。

59ページの龐統の名言「火事場で日頃の礼儀を守っていたら焼け死んでしまいます」。まさにそのとおりだと思います。

76ページ、王累(おうるい)の決死の覚悟は見上げたものです。


剣の舞

張松からの密書が来た。答礼の酒宴の席で劉璋を殺せというのだ。龐統と法正はこれに賛成するが、劉備は道に背くといって取り合わない。

そこで、龐統は魏延に劉璋を殺すように命じる。

まさに項羽と劉邦の「鴻門の会」を思い出させる、血の匂いのするエピソードです。

また遠回りをなされるか、と嘆く龐統の気持ちがよくわかります。ただ、進んで劉璋を殺めるような劉備であれば、後世に人気は出なかったでしょう。

劉備は愚直なまでに仁義を重んじ、遠回りをしましたが、そこで彼の魅力です。

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掌中の珠

劉備が張魯と戦っていることを知った孫権は、このすきに荊州を攻め取ろうと考える。しかし、母公は娘が劉備に嫁いでいるのだから攻めてはならないという。

しかし、荊州を攻める絶好の機会。そこで張昭が、ある策を立てる。

自分の妹を劉備に嫁がせるというのは亡き周瑜の策ですから自業自得なのですが、呉にとっては面倒な事になりました。

でも、はっきりいって後に暗愚な君主となって蜀を滅ぼした劉禅もこの機に呉に連れて行ってくれた方が、蜀にとってはよかったという気もしてしまいます。

史実では、劉備には甘夫人との間に、劉禅、劉永、劉理という子供がいました。養子の劉封もいました。


魏対呉

曹操は呉の布陣を視察し、敵の守りが固いことを知ります。そこへ呉の一軍が。許褚がよく守り、曹操は逃げ延びます。

しかし、呉は夜襲も仕掛けてきたので、曹操軍はまたも兵を減らし、50里(20キロ)後退します。

ちなみにこの前、曹操は部下のすすめに従って魏公の位につこうとします。それを諌めた荀彧が、曹操の怒りを買って死を選ぶというエピソードがあります。さすがの曹操も増長してきました。

曹操は孫権軍とぶつかって敗退し、水害による兵糧不足にも悩まされます。

このときの程昱の名言「丞相は兵法の玄妙に精通なされてございます。無理押しすることがどれほどの危険かもおわかりのことと存じます」。実際、曹操は戦で無理をせず、引き際がみごとだったそうです。

その慎重さを諸葛孔明に裏を書かれたこともありますが、この慎重さが曹操を天下人にしたと思います。

結局曹操は孫権と休戦しました。

その後、張昭が荊州を取るために名案を考えます。一つは蜀の劉璋に手紙を出し、劉備を疑わせます。もうひとつは漢中の張魯に出し、荊州を攻めるように勧めます。

こうして劉備が荊州に帰れないようにしてから、呉が荊州を取るというものです。これはよい作戦です。


曹軍南下

妹を取り戻し、荊州を攻めようとする孫権。しかし、重臣であった張紘(ちょうこう)が亡くなったという知らせが入る。

彼の遺言に従って、孫権は都を秣陵(まつりょう)の建業(今の南京)に移す。あわせて呂蒙の意見を入れ、水城を築くのだった。

劉備軍にとっては幸いだったかもしれません。魏が赤壁の恨みを晴らすとして40万の兵で攻めてきたので呉を抑えてくれたからです。

曹操にすると、間者によって劉備と呉の決裂を知っていたのかもしれません。そうすると攻めるのは劉備が呉かということになります。劉備を攻めるのに漢中を攻めれば、張魯を後ろから攻めることになって劉備に加勢することになります。

すると、荊州を攻めることになりますが、荊州は孔明などが守っているので警戒したのかもしれません。

一方、呉は智将の周瑜が死んでいません。また荊州から劉備軍が加勢に来ることもありません。そのため曹操は呉を攻めたのかもしれません。さすが天の時(タイミング)をよく見ています。


日輪の夢

曹操は敵の守りが固いことを知り、悩んでいた。そんなとき彼は、2つの日輪が長江から浮かび上がり、落ちてくるという不思議な夢を見る。

昔は今よりも、夢には意味があるとして重視する傾向がありました。曹操はこの夢が、自分にとって代わって孫権が天下を取るという意味かと考えました。

曹操ほどの人物が弱気になったわけですが、思えば天下の大部分を自分のものにしてうぬぼれていましたし、連戦の疲れが出ていたのかもしれません。


三つの策

劉備は魏が呉に攻めいったことを相談するが、それは孔明に任せて蜀をどうにかすべきと龐統は答える。

龐統は、劉璋がどのような考えかを測るために、ある策を提案する。

この龐統の策も妙案です。これなら劉備も蜀を攻める大義名分ができたというわけですし、劉璋が誠実であれば少なくとも補給になります。
33巻のネタバレ有りレビュー

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