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34巻のネタバレ有りレビュー

34巻のネタバレ有りレビュー

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楊懐たちの企みを、もちろん龐統は見抜いていました。劉備の陣で酒宴に招かれた楊懐たちは剣を預けますが、懐に短剣を忍ばせていたのです。

人払いをされて劉備と自分たちだけになりますが、そこへ劉封たちが入ってきて、楊懐と高沛をつかまえます。

逆に楊懐たちは殺され、部下は投降します。

この部下をうまく使うのがさすが龐統。部下たちをフ水関に行かせて、門を開けさせます。そこに劉備軍がなだれ込んだのです。

さすがに龐統と楊懐たちでは知力が比べ物になりませんね。


占い

紫虚上人の占いの結果は、龐統が死んで孔明の重みが増すという意味でしょう。

らっ県についた劉カイたちは、一部の兵が城を出て山あいに陣を築きます。

龐統の発案で、黄忠と魏延が、どちらが先に敵を倒すかを競うことになります。

魏延はまず冷苞の陣を襲い、それから鄧賢までやっつけようと考えます。しかし、冷苞はこの動きに気づいており、魏延軍は苦しくなります。

さらに、鄧賢たちも魏延を追って加勢に来ていました。鄧賢の前で馬が転び、危うく殺されそうになる魏延ですが、そこに矢が飛んできて鄧賢を倒します。

これは黄忠が駆けつけて、矢を放ってくれたのです。黄忠の名言「黄忠ここにあり。ひるむな魏延」。老将軍、かっこいいです。

冷苞は不利と見て陣に帰りますが、そこは後詰の劉備が奪い取っていたのです。やむなく冷苞はラク城に帰ろうとしますが、そこを魏延に捕まります。

こうして戦いが終わりました。黄忠は魏延の行為を批判し、劉備は魏延に詫びるように命じます。魏延は矢で助けてもらったことを謝罪します。

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詫びる

しかし劉備はもう一言詫びよ、といいます。そこで魏延は抜け駆けのことも謝り、事は収まりました。

一方、劉備は仲間も降伏させるため、冷苞を放ちます。

冷苞は、黄忠と魏延が守っている陣は堰を切れば湖の底に沈むので、その策を準備します。

援軍2万も送られてきました。来た武将は劉循(りゅうじゅん。劉璋の息子)、呉懿(ごい。劉循の祖父)、呉蘭(ごらん)、雷同(らいどう)などです。

龐統は葭萌関の守りに孟達を行かせます。そして龐統が家に帰ると、福の汚れた男が寝転んでいます。

彼をとりあえずもてなした後、法正を呼びに行かせます。この男は法正の友達で、彭義(ほうぎ)という人物でした。彼は劉璋に嫌がられて官職をはがれたのでした。

彭義は、黄忠たちの陣が危ないことを教えます。彭義にとっては劉璋は守るべき人物ではなかったので、劉備に聞きを教えてあげました。つまり劉璋の自業自得と言えそうです。

彭義を素直にもてなした辺り、さすが龐統です。

冷苞は風雨の吹きすさぶ日を選んで、堰を切る作戦を実行に移します。

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落鳳坡

冷苞は魏延たちに攻撃され、打首となります。劉備は孔明からの手紙を読んで、一度荊州に帰って今後について話し合いたいといいます。

しかし、龐統は兵を進めるべきだと主張します。そこで、法正が紹介した隠し道を、劉備は黄忠を先頭に南から、龐統は魏延と北から攻めることにします。

しかし、龐統は出陣前に、落馬してしまいます。劉備は彼に自分の素直な馬を貸し与えます。これが悲劇のもとだったともいえます。

蜀ならではの険しい山道を進む劉備軍。龐統はこの地の名前が落鳳坡(らくほうは)というのを聞いて嫌な気分になります。自分の道号が鳳雛だからです。

果たして、ここには張任が弓隊を忍ばせていました。これは有効な戦略ですね。いわば敵のリーダーだけを狙撃しようというわけです。

これを防ぐには、こまめに物見を出せばよかったでしょう。ただ、とても山が険しいので、しっかり偵察してから進軍ということになれば、スピードがかなり遅くなってしまったでしょう。

それでも、山に囲まれた狭い道は伏兵に注意しなければなりません。結果から言えば、偵察不足だったわけです。

こうして劉備の馬に乗った龐統が通りかかった時、彼を劉備だと思った敵が矢を放ちます。龐統は優れた才能を発揮しないまま、36歳で生涯を終えてしまいました。


魏延の奮闘

仕方なく魏延は、前に進みます。南から来る友軍と合流するのを待つというわけです。しかしそこには、敵兵がつぎつぎと襲いかかって来ました。

いよいよ危機迫った時、黄忠が援軍に訪れます。それまで持ちこたえた魏延はさすが勇将です。

しかし、不利と見た劉備たちはフ城に引き上げます。そこで劉備は、龐統の死を知るのでした。劉璋軍が意外に強いことを知った劉備は、孔明を蜀に呼び寄せるため、関平を使いに出します。

ちなみに関平は三国志演義では関羽の義理の息子、正史では実子となっています。


厳顔

孔明は張飛に陸路から進ませ、自分は趙雲を先頭に水路で荊州に向かいます。巴城(はじょう)に着いた張飛は、敵将の厳顔に降伏を促しますが、使者を棒で叩かれて追い返されます。

怒った張飛は城を攻めますが、敵の堅い守りに苦しみます。そして、厳顔の放った矢が頭にあたり、さすがの張翼徳もぼうぜんとします。

166ページ7コマ目、こんな張飛を見るのは珍しいです。

張飛軍が罵声を浴びせて挑発しても、敵は出てきません。

張飛が草刈りをさせると、厳顔の密偵もそれに紛れて、張飛軍に帰ります。張飛は、道を作って巴城を通り過ぎ、ラク城に直接行こうと考えているように見せかけたのです。

そして密偵たちはそのことを厳顔に報告します。厳顔は早速伏兵を置き、張飛軍の食糧などを狙います。

ところが、襲いかかったはずの厳顔の前に現れたのは、すでに先に行ったはずの張飛。そう、影武者を使ったのです。

こうして城外におびき出された厳顔は、張飛に簡単に捕まってしまいます。しかし、厳顔が命乞いをせずに首をはやく斬れという姿を見て、張飛は厳顔の縄を切ります。

張飛は、彼を立派な将だと見抜き、蜀の民を安んじてくだされと味方になるように説得、厳顔も応じました。

今回の張飛の策はみごとでした。孔明が使った策だと言われても納得する出来です。

188ページ、厳顔の名言「長年使った首よ。惜しゅうはないわ」。


策にはまった劉備

ちなみに蜀軍の使った策は、兵法書「三十六計」でも調虎離山(ちょうこりざん)として紹介されています。

↑計略と実例が面白い本です

分断された劉備は、懸命に逃げるしかありませんでした。

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